35才プログラマ定年説
あらため、35才プログラマ限界説。
序章
自分が現在、そのような状況になりつつあることを自覚してきた。
気づくの遅いよ。
脱却せねばと思っている。そのためには、日々の仕事で残業をなくし、
自分の時間を少しでも多く確保することが重要である。
残業=能力不足、調整不足、お助け作業 なので、
この現実を直視することが必要。
自覚
そもそも、なぜ自覚したかと言うと
http://d.hatena.ne.jp/nowokay/20131107
http://yogappe.com/y/1cip/d.hatena.ne.jp
の記事に気づいたのが、今日だったこと。
http://dev.worksap.co.jp/Members/inoue_se/archives/55
を先ほど知ったこと。
あらためて(ふりかえって)
・PHP/Python/scala/ruby がまったくわからないこと、知らないこと、プログラミングできないこと。
・WebSocketが いまだ理解していないこと。
・目先ばかりに追われていたこと。
・技術、アーキテクチャを勉強していないこと、目新しいことを知らないこと
・アーキテクトという迷信
http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1403/06/news004_2.html
ITスペシャリストとの違いを知った。そもそもスペシャリストって何?という無知だった。
・自分が何をしていくのか、ぶれてるというよりも、「何もない」こと。これは仕事という問題だが。
・金で解決する現場、どんぶり勘定なところ、理想に近づこうとしないこと
・運用/保守/開発の切り分けができないこと
・自分にとっての目新しいことが、Windows以外にMacを触ったことくらい
そして
2006年に既に
引用
「http://blog.virtual-tech.net/2006/11/seasar.html
プレゼンテーション層に限っては、リッチ化という大きな流れがある。これはもう生産性の話だけではない。JSPだけでは表現力に限界があるし、画面駆動といったって、プレゼンテーション層がサーバにあるのは、Ma○○や、Tee○○にしても同じことだ。AJAXやFLEXのようなUIを実現することをサーバで担おうと真剣に考えているのは、今の時代、Javaぐらいだろうと私は思う。「Webアプリ=Java」の時代はもう終わってしまっていると私は思う。それを真摯に受け止められるかどうかがJava陣営の試練であり課題」
この時に、ここまで考えているとは、よく知ってるんですね。
2006年の自分は、
・SeasarやSpringどっち使うの?
・そろそろDIコンテナに慣れてきた頃
といった頃合いで、これからだろうと思っていた。
技術というか、進歩は日進月歩。
昨日より、今日。今日より明日なんて言うけど、